300px-Azteca_entrance.jpg
エスタディオ・アステカ (Estadio Azteca) は、メキシコ・メキシコ連邦区メキシコシティにあるサッカー専用スタジアムである。別名アステカ・スタジアム。

1966年にメキシコシティオリンピック、サッカー競技会場の一つとして建設された。
収容人員は11万4465席で、世界で最も巨大なスタジアムである。
かつては13万1260人の収容能力を誇ったが、
1990年に行われたスタジアムの改築により現在の収容数に減少している。

現在、メキシコ代表と地元のサッカークラブであるクラブ・アメリカがホームスタジアムとして使用している。
天井から螺旋状に吊り下げられているスピーカーが特徴で、午後早い時間に行われたワールドカップサッカーの試合では、センターサークル付近にスピーカーの影が映っていた。

またこのスタジアムは1970年、1986年の2度のFIFAワールドカップ開催の際はメインスタジアムとして使用され、決勝戦もこのスタジアムで行われた。

サッカーファンの間では前者はペレらの活躍でブラジル代表が3度目の優勝を果たしジュール・リメ杯を永久保持した場所として、後者はディエゴ・マラドーナの『神の手』ゴールや『5人抜きドリブル』の活躍等によりアルゼンチン代表が2度目の世界王者に輝いた場所として知られる。


1966年のメキシコシティオリンピックというと、
サッカー日本代表がアジア勢初の銅メダルを獲得したオリンピックですね。
サッカーだけでなく、マドンナやマイケル・ジャクソンなどが
コンサートを行ったところでもあるらしい。

250px-Lapazbajac.jpg
ラパス(La Paz)は、メキシコのバハ・カリフォルニア・スル州の都市である。
バハ・カリフォルニア・スル州の州都であり、地域で重要で中心的な商業地である。
人口は2005年の調査で、189,176人である。
都市圏(el Centenario、el Zacatal、San Pedroを含む)の人口は、
だいたい20万人に達するぐらいである。
ラパス基礎自治体の人口は219,596人、
面積は20,275平方キロメートル(メキシコ国内第4位)である。


やはりビーチがあることから、観光客が多く訪れるようです。

メキシコの独立記念日の前日の9月15日に、
大阪市のメキシコ総領事館の主催で、
フィエスタ・メヒカナという祭を領事館の入居している梅田スカイビルのワンダースクエアで開催する。
メキシコ政府が国外で行う文化交流としての祭事としての規模は最大のものである。

2009年で13回目の開催。


音楽や食べ物などの出し物があるようです。
大阪は日本のラテン系とも言われていますので、
盛り上がりそうだなぁ。
来年こそは行ってみたい!

250px-Aguascalientes_Plaza_Patria.jpg
アグアスカリエンテス (Aguascalientes) はメキシコ中西部のアグアスカリエンテス川沿いにある標高1888メートルの高地に位置する都市である。1575年10月22日に建設された。1835年に隣のサカテカス州から分離したアグアスカリエンテス州の州都である。2000年の統計によると、アグアスカリエンテスはメキシコで13番目に大きい都市圏を持ち、都市部には900,000人が住んでおり、メキシコで急成長している都市のひとつである。

アグアスカリエンテスとはスペイン語で「熱い水(熱水泉、温泉)」を意味する。1575年に都市が建設されたとき、その豊富な湯量のためにこの名がつけられた。また、"夕日"が美しい事でも有名である。

毎年3月下旬から4月上旬にかけて、メキシコでも有名なお祭り"フェリア デ サンマルコス(Feria de San Marcos)"が開催される。この時期のホテルは非常に取り辛くなる。

アグアスカリエンテスには大学が数多くあり、教育熱心な州としてしられており、毎年メキシコで一番住みたい都市の上位にランキングされている。


アグアスカリエンテスは日系企業が進出しているので、
日本人も多く住んでいて、日本人学校もあるらしい。

250px-Monumento_a_la_patria.JPG
メリダ (Mérida) は、メキシコにある都市で、ユカタン州の州都である。人口約79.3万人(2003年)。近年、メリダの人口は周辺の村からの人口流入により上昇を続けており、市の一番外側を走る外周道路(anillo perferico)を越えて宅地造成がなされている。

1542年、スペイン人入植者フランシスコ・デ・モンテホによって、都市が開かれた。中央広場(ソカロ)の南側には今でもモンテホの宮殿が残されており、現在は銀行として使われている。市の中心部はコロニアル様式の町並みが広がっており、また中央広場北側にあるユカタン州庁舎の2階には先住民の生活、寓話、ユカタンの歴史的出来事をあしらった大きくて立派な絵画がある。

現在の町の中心地である歴史地区(Centro Histórico)が主にスペイン人たちの居住区であった。そしてその周りにメスティソや先住民が住んでいた。数字的には圧倒的少数派であったスペイン人達は多数派の先住民に対する警戒心は相当なもので、反乱に対して特に神経質であったと言われている。

基本的にメリダ市内のブロックは縦の通りが偶数、横の通りが奇数になっており比較的わかりやすい碁盤の目のような造りになっている。

市内の見所は中心部に集中しており、散策するには適している。


街はパリのシャンゼリゼ通りをモデルにしたんだって。
民芸品とかもたくさん売っているらしい。

チワワ (Chihuahua) は、メキシコにある都市で、チワワ州の州都である。人口約71万人(2006年)。

都市の名称のチワワは、スペインによるメキシコ征服より古くからある言葉で、ナワトル語で乾燥した砂の場所 (Xicuahua) に由来すると言われ、州名にもなっている。1709年10月12日、チワワが設立された。1863年フランスがメキシコシティを占領すると、当時のメキシコの大統領のフアレスはチワワ州シウダー・フアレスに亡命政権を築く。ポルフィリオ・ディアス政権のころ、チワワは爆発的な成長を遂げる。メキシコ革命では、政府軍を打倒しチワワ州を支配したパンチョ・ビリャの拠点となった。20世紀を通じて、アメリカと近接する地の利を生かして、都市人口は成長を続けた。

2010年には第24回IAAFワールドカップ競歩開催が決定した(メキシコでの開催は1993年モンテレー大会以来)。


チワワって・・・犬じゃないですよ!

250px-Guanajuato_city.jpg
グアナフアト(スペイン語:Guanajuato)は、メキシコ・グアナフアト州の州都である。

人口約78,000人(2003年現在)。メキシコでも豊かな銀山に恵まれ、スペイン植民地時代の美しいコロニアル建築で有名である。歴史的な市街地と近辺の銀山はユネスコ世界遺産に登録されている。

グアナフアトという地名は先住民族のタラスカ族の言葉、「カエルのいるところ」(Quanax-juato)が語源である。

毎年10月から2週間かけて、国際セルバンテス祭が開かれ、市内にあるフアレス劇場や教会の階段を利用して、セルバンテスの戯曲の上演や、コンサートが催される。

また、映画『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』はここで撮影された。


素敵な町並みだなぁ。

カンクン(Cancún)は、メキシコ合衆国の南東部、カリブ海沿岸のキンタナ・ロー州にある都市の名前。カンクンの意味はマヤ語で"カン"はヘビ、"クン"は巣という意味で、"ヘビの巣"という意味である。

メキシコ南東部のカリブ海沿岸、ユカタン半島の先端に位置する観光都市で、1970年代にメキシコ政府の先導でリゾート地として開発された。
現在は年間で300万人を超える観光客やセレブリティーが訪れる、世界的に知名度が高いリゾート地となった。
近くに世界遺産のチチェン・イッツァや、リゾート地のシカレー、シェルハ、遺跡のトゥルムなどがあり、これらの遺跡とセットでカンクンに来る人も多い。


市街地は珊瑚礁の周りのホテルゾーンとダウンタウンに別れており、ホテルゾーンの周りには100軒を超える高級リゾートホテルや豪華な別荘が立ち並んでいる。
大規模なリゾート地ではあるが、メキシコ政府による開発規制が行われていることもあり、海水が非常にきれいで、リゾートホテルの目の前でも海水が透き通っており、泳いでいる魚を間近に見ることができる。
2005年、ハリケーン・ウィルマが直撃し、空港・道路が水没、ホテルの窓ガラスが割れるなどの被害が出た。
そのため、ハイ・シーズンの秋にはほとんどのホテルが閉鎖を余儀なくされ、経済的打撃も大きい。


ハリケーンおそるべし!!

275px-Mexico.Oax.MonteAlban.Panorama.02.jpg
モンテ=アルバン(Monte Albán)は、メキシコ、オアハカ州のオアハカ盆地中央、オアハカ市街の西方10km、盆地の「底面」からの比高差400mにある山の頂上を平らにして築かれたサポテカ文化の中心をなす祭祀センターである。
紀元前500年頃から紀元800年頃まで繁栄した。
後古典期には、ミシュテカ族に支配された。メソアメリカ文明を考える上で非常に重要な考古遺跡であって、1987年に世界遺産にも登録されている。
遺跡全体のひろがりは42km2に及ぶが、中央広場をかこむ東西200m、南北300mの範囲に主な神殿や、天体観測所(建造物J)、球戯場などがある。


この中にたくさん当時の施設があったんだね・・・すごい!

275px-Barragan_001.jpg
ルイス・バラガン邸と仕事場(Casa Estudio Luis Barragán)は、20世紀メキシコを代表する建築家の一人であるルイス・バラガンが、後半生を過ごした自宅兼仕事場である。
2004年に、ユネスコの世界遺産に登録された。

ルイス・バラガンは、1939年頃にメキシコシティ郊外に土地を購入し、その一部に1948年に自宅兼仕事場を建てた。
フランシスコ・ラミレス将軍通りの12番地と14番地に位置し、12番地は仕事場、14番地は自宅に当たる。
それぞれの建物は結ばれているが、通りに面した入り口もそれぞれについている。

コンクリート作りの三階建てで、総面積は1161 m² である(これがそのまま世界遺産としての中核地域になった)。
彼の建築は内部空間の使い方や庭園に特色があり、伝統とモダニズム建築を融合させたそのスタイルは、他の建築家たちにも影響を及ぼした。

バラガンは1988年にこの邸宅で亡くなった。
同じ年には、邸宅部分(14番地)が国の芸術的記念物(National Artistic Monument)に指定されている。
現在の所有権は、ハリスコ州政府とバラガン財団(Fundación de Arquitectura Tapatía Luis Barragán)にある。


こんなおしゃれな家が仕事場とはすごい人だったんだろうなぁ。